「もの書き」が生活に役立つ知識を持ち寄るメディア「作家の手帖」のウェブサイトです。
「原稿料」の歴史と未来を語ろう。詩歌、書店、広告、WEBまで。
百年前に兼業翻訳家が手がけた、日本初訳のヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を復刊。
書店ポイントカードの歴史にふれる、関東34店舗を訪ねた記録。
共同編集長ふたりが、活動紹介を兼ねて、次回作に向けた抱負を語ります。
「原稿料」を扱うメディア
「作家の手帖」は「もの書き」が生活に役立つ知識を持ち寄るメディアです。主にオンラインで活動しています。
きっかけは、「原稿料」をテーマにした同人誌が作りたいと呼びかけたことでした。
2021年4月に「文筆生活向上委員会」が発足し、準備1号を刊行したあと、共同編集長(小澤・笠井)がそれぞれ忙しかったり、体調を崩したりで、しばらくお休みしていました。
その間、めまぐるしい変化がありました。日本では首相が暗殺されて、ウクライナとパレスチナで戦争が始まりました。アメリカは内戦が心配なほど分断が深まり、中国は不動産不況が長引きそうです。
表現に関わるトピックとしても、フリーランス新法の成立や、改正下請法の施行、インボイス制度の開始などがありました。情報メディア環境も様変わりしました。SNSとの向き合い方も、2021年と今ではまったく違っている気がします。
大手SNSはサービスの有料化を進め、ニュースメディアが掲載料の値上げを求めています。ハリウッドで脚本家がストに踏み切りましたが、世界各地で作家の地位はまだ低い。つらい時代はつづきます。それでも理想と生活を守りながら、どうにかやっていく自信をつけたい。そう思って、2023年11月に再始動します。
これからまた、何年もかけて、なるべくゆっくり、1冊の本を作る計画です。最近は「別冊」と称して、いろいろ調査しています。ひとつは『作家の手帖 別冊(特集:書店ポイントカード)』です。出版物流の勉強を兼ねて、首都圏の書店に赴いて、本を購入してポイントカードを発行してもらい、その顛末をまとめました。ポイントシステムは大手取次を中心とした仕組みであり、その功罪もあると分かってきて、なかなか奥深いです。
ただいま「準備2号」の制作中です。「創刊号」が世に出たら、解散します。いつになることやら。
原稿料とは
原稿料は、書き手と読み手の決めごとで、書かれたものの価値の表現です。
原稿用紙1枚いくらとか、1文字あたりの価格、すなわち文字単価は何円とかですね。
調べたところ、「紙」が発明された頃からある慣習みたいです。日本でも木版印刷が流行ったときに「潤筆料」と呼ばれていました。
明治時代に「原稿用紙」が生まれて、大正時代には「原稿料」という言葉も広まりました。ノーギャラも当時からあったようですが。
20世紀になると、新聞やラジオ、テレビ、漫画、ゲームの世界でも、それらしき対価が支払われます。データベースやインターネット、バーチャルリアリティの産業にも、この言葉が広がっていますね。
プログラミングやデータ分析の対価も、広い意味での原稿料と言えますよね。絵を描いたり、デザインすることもそう。「原稿」の意味を広げると、実はたくさんの人に関わることですよね。
表現の自由を支える会計術
駆け出しライターさんからよく聞かれるのは、たとえば、請求金額には税金や資料代、交通費を含むのか。印刷費や通信料、ITツールの利用料の扱いなども、よく気にされますね。
個人で書店や出版社を運営する人も増えています。自分もその一人ですが、お金まわりのことは何からやればよいかわからなくて、最初の頃は苦労しました。
調べることは山ほどあります。源泉所得税はいくら差し引かれるのか。事業税はかかるか。消費税は、納めるのか。必要経費をどう仕訳するか。家事按分は何%か。
実は私、まさに確定申告で失敗したことがあるんです。「更正」という手続きのために、税務署と何回もやりとりして、ついには職員さんの目の前ですべての領収書を確認する羽目に……。あんな恥ずかしい思いは二度とするまいと心に決めて、簿記3級を取りました。
そうまでして得た「収入」から保険料などを差し引くと、手元に残るのは、わずかなお金と時間です。これで生活費は工面できるのか。借金は返せるか。急病や老後に備えられるか――。
同人誌一冊取っても、作り上げるのに印刷費やデザイン費といったお金がかかります。もちろん自分に対する原稿料も。たとえ趣味でも、続けるにはお金が必要です。
そう考えると、原稿料は、作家が生きるコストそのものなのかもしれませんね。
経営は大変!
原稿を注文する立場からすると、見方が変わります。原稿料は、製造費に占める直接原価のひとつで、間接原価と見分けがつかないこともよくあります。
印刷費や紙代、装幀料なども直接原価になりますね。原価計算は簿記2級の学習範囲で、仕訳の判断はなかなか難しいです。
もちろん、製品があるだけでは売れませんから、販売費や管理費、その他の支出も回収できる目処が見えて、やっと原稿料が工面できる。
低予算の自主制作は資金不足に直面しがちです。2019年に制作した同人誌「かわいいウルフ」も、最初は赤字。費用回収の目処が立つまで、著者のみなさんに原稿料を支払えませんでした。
注文者はなるべく安くて、早くて、上手で、売れる原稿がほしい。ずっと無料で、しかも自動で……。そう夢見るくらいに、忙殺されるわりに儲からないのがメディア運営。当たり前の契約すらつい疎かにしがちで、うっかり/わざと法律違反をする経営者も珍しくないようです。
「原稿」の意味も揺れる
原稿は、複製のもとになる著作をおおまかに指します。オリジナル(原)のドラフト(稿)です。「労力の対価として支払われる1回限りの報酬」といって、企画料や取材費、印税・ライセンス利用料と分けて説明されることも。
ひとつの制作物を完成させるのにかかるさまざまなお金、それらすべてが「原稿料」であるとも言えますね。印刷費、編集料、装幀・デザイン費、イラストや写真の画料。さらに翻訳書の場合は、訳者への翻訳料や版権購入費など。
意外にも、著作権法にはしっかりした用語の定義がありません。おまけに、「生成AI」と総称されるマルチモーダルな情報処理がうんと使いやすくなって、原本とは何か、複製とは何かの答えは、ますます揺らいでいます。
専門用語と実態のずれもちょっと困りますね。たとえば「版」や「稿」といった出版用語は今も現役ですが、ウェブの制作実務とは必ずしも結びついていません。オープンソースやCCライセンスのような、データの複製・改変を所与とした考え方とも距離があります。
慣習的な「常識」を変えようとする試みも、言語表現の歴史には不定期に現れます。表現に「完成」を認めない考え、独自の「才能」なんて信じない立場、「作者」の権利を揺るがす挑戦などです。「原稿」にも、今の時代に適した意味を与え直すべきなのかもしれません。
みんな「兼業」で生きている
2023年夏から、葛川篤という人物について調べています。日本で初めてヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を翻訳したとされる人物です。昭和初期に会社員をしながら翻訳に取り組むも、道半ばで病没したと分かって。
もの書きが陥りがちな「寿命を縮める生き方」ですね。かといって、若者がキャリアの初めから文筆業だけで稼げたら、そんな苦労はしない。
「兼業とは何か」を改めて考えさせられます。家事や育児、介護は立派な仕事です。遊びや休み、セルフケアも、「稼業」を続けるために欠かせない「仕事」のひとつだと言えます。本当に専業だけで働いている人って、すごく少ないと思うんです。
だれもが何かを兼業している。
「稼げる」時間が常に限られるからこそ、どんな「仕事」にもきちんと報酬が行き渡る。その仕組みを整えることが大切だと思うんです。
フランスには雇用保険料を芸術家と興行主で折半する制度があります。中国の所得税法は原稿料にかかる税率を優遇しています。日本の法制度にも見直すところがありそうです。それに、プラットフォームの市場支配が続くうちは、メディアの経営統合やクリエイターの連帯が避けられないでしょう。作家(個人)の働き方も「仕組み化」が迫られそうですね。
「作家の手帖」がそのための知識を持ち寄る場になるといいですよね。
2020年結成の文章表現ユニット。2021年4月に「もの書き」が生活に役立つ知識を持ち寄るメディア「作家の手帖」を立ち上げ、「創刊号が世に出たら解散する」というコンセプトでのんびり活動する。
会社員兼文筆家、編集者。商業・インディーズを横断して文筆・編集活動を行う。編著に『かわいいウルフ』(自費出版ののち、亜紀書房より商業書籍化)、『海響一号 大恋愛』(自費出版)。ヴァージニア・ウルフ『波〈新訳版〉』(森山恵 訳、早川書房)に社外編集として関わる。「フェミニズムの実践」をテーマに制作活動を行う。
作家・編集者。主著に「10日間で作文を上手にする方法」シリーズ、『私的なものへの配慮No.3』(いずれもいぬのせなか座)。近著に「文化芸術の経済統計枠組みはいかにしてテキスト品質評価指標体系の開発計画に役立つのか」(『早稲田文学』2020年冬号)、「現代短歌のテキストマイニング――𠮷田恭大『光と私語』(いぬのせなか座)を題材に」、「場所(Spaces)」(早川書房『異常論文』所収、共著者:樋口恭介)。